INTERVIEW

宮城 巧 宮城 巧

エージェント事業部
執行役員

宮城 巧TAKUMI MIYAGI

1980年、横浜市生まれ。大学卒業後、サイバーエージェントに就職し、その後化粧品会社のウェブディレクターや友人とウェブデザイン会社の立ち上げなど様々な事業に携わる。フリーランスで活動している際に見つけた3ミニッツのプレスリリースに興味を持ち、一人目の社員として入社を決意。

応募はTwitterのダイレクトメッセージ

フリーランスとして働いていた頃、偶然「YouTube事業開始」という3ミニッツのプレスリリースを見つけました。なんだか面白そうな会社だなと思って、検索をかけたら社長の宮地のツイッターを発見して。タイムラインの上から二番目くらいにスタッフを募集しているツイートがあったので思い切ってダイレクトメッセージを送ってみました。その時は働くとかではなく、面白そうなので話を聞いてみたいなという方の思いが強かったです。年末に面接をしたのですが、すぐにでも働きたいと思える会社だったので早速年明けから社員として仕事を始めることになりました。今考えてみれば、小学校の頃からテレビが好きで、大学時代は古着などファッションに興味を持ち、社会人になってからはブロガー(今で言うインフルエンサー)と関わるような仕事をしたいと思っていた僕にとってこれ以上ぴったりな会社はないのではないかと思います。

まずはプラットフォーム作りから

社員になったと言っても、当時は宮地と僕しかいなかったので、オフィスは彼の家でした。初出社は撮影現場で、始発スタート。極寒でした。(笑)これは今でも忘れられない思い出ですね。当時の仕事内容は社長のサポートでした。朝からインフルエンサーのマネジメントやディレクション、撮影まですべてを2人で行い、夜はYouTubeの設定など事務的な部分で土台作りをしていました。毎日のようにインフルエンサーが撮影に来るので、「明日はどこで撮影しようか?」「何を撮ろうか?」とプレッシャーを感じている暇もないくらいバタバタした日々を過ごしていました。そこから人も増え、働きやすい環境が出来てきているのではないかと思います。

信用なくして成功なし

現在はエージェント事業部で芸能プロダクションのキャスティングを行っています。人と関わる仕事なので信用、信頼が一番大切だと思っています。自社のメディア「MINE BY 3M」ができたばかりの頃は、プロダクションとの信頼関係もまだ築けていなく、媒体の知名度も低かったためタレントのキャスティングに苦労しました。今でこそ有名なモデルやタレントが出演していますが、それは僕たちエージェント事業部が足を運び続け関係値を築けただけでなく、営業やメディア事業部が積極的にPRをしてくれた努力の成果だと感じています。自身としても、営業から求められるキャスティング以上のものを出せるようにすること、難しいタレントの調整を出来るようにすることに力を注いでいます。

事業部メンバーの成長のために

インフルエンサーキャスティングは設立当初より会社の生命線とも言える事業です。そんな中、私が担当していた大手プロダクションと一度トラブルが起きてしまったことがあり、会社の信用を失いかけた出来事がありました。結果的には社長の宮地を始め、外部のパートナーの皆さんの助けがあり無事収まったのですが、非常に考えさせられた一件でした。それまでは「なんとかなる精神」で進めていたのですが、この出来事を通じて会社や事業部のメンバーの責任について改めて考える事が出来ました。入社当初と比べて今は抱えているものも大きく、責任も重大です。最近では事業部メンバーがどうやったら成長するかなど部署のマネジメントに重きを置くようになりました。彼らの成長が事業部の成長、会社の成長に繋がるので、メンバーと共に成長できる環境作りをしていきたいと思います。

最後に

3ミニッツは自社メディア、動画制作、インフルエンサー事業に加えてプライベートブランドもあったりと、既存事業とシナジーがあれば何でもできる環境です。自分が何か生み出すという熱い気持ちで入社してくれればと思います。

ENTRY

>募集職種から応募

その他採用に関してご不明な点があればこちらよりお問い合わせください

その他採用に関してご不明な点があれば
こちらよりお問い合わせください